大宮駅東口を降り、一の宮通りをまっすぐ進む。以前紹介した「ポンメガネ大宮」を通り過ぎた先の道を左へ曲がり、大通りを右手に進むとブルーの扉が見えてくる。ガラス越しに中を覗くと、ヴィンテージらしき食器や小物雑貨が並んでいる。扉の横に茶色の椅子が出ていれば、それはお店が開いている証。扉を開けると、「rytas」店主の渋谷智子さんが出迎えてくれた。

rytasとはリトアニア語で「朝」という意味。店内には、リトアニアを含むバルト三国やヨーロッパ、北欧、アイスランドに至るまで、渋谷さん自ら旅をしながら買い付けたという商品が取り揃えられている。

「リトアニアに行き始めたきっかけは、『誰もやっていないことをしたい』という思いから。当時はそれを“商品をバイイングする国”で表現しようとしていたんですよね。当初は『リトアニアってどこ?』と聞かれることが多かったんですが、今ではお客様や近所の人たちがモノを通じてリトアニアのことを身近に感じてくれるようになりました。」

5歳から現在まで埼玉県で暮らす渋谷さんは、物心ついた時から雑貨が好きだった。小学生の頃は他人が持っていない文具をひたすら集めていたが、中学校に上がるとインテリア雑貨に興味が移行。高校生になってもその熱量は変わらず、『Olive』の雑貨ページや、さらにそこで紹介されている洋書を片っ端から読みあさっていた。記載されている雑貨のスタイリストの名前もみんな覚えたという。そんなある日、『Olive』のあるページに目が止まる。

「パリ特集を読んで、一気にフランスという国に魅了されました。それまでは雑貨のスタイリストになりたいと思っていたんですが、そこで『フランスに行きたい』という強い思いが芽生えてきたんです。」

大学へ進学後、勉強には特に身が入らなかったが、フランス語の授業だけは例外だった。言葉を勉強すればするほど、フランスを身近に感じられた。大学2年生になった時、初めて現地へ赴く。思い描いていた通りの街や雑貨に魅了されたのはもちろんのこと、自分が困っていた時にはすぐにいろんな人が助けてくれて、日本と比べてコミュニケーションの垣根が低いことにも感動した。

店内の什器のほとんどがヴィンテージで、この白い窓枠はアンティーク品。

それからというものの、アルバイトを掛け持ちしながら、私物をネットオークションで売りさばいて作ったお金で在学中に4回渡仏。頭はフランスのことでいっぱいだった。就職活動の時期に突入すると、企業への就職ではなく、自ら仕事を生み出したいと考えるように。ちょうど愛読書だった『Olive』が休刊し、自分にとっての理想の世界観を示してくれる存在がなくなった頃だった。

「だったら自分で雑誌を作ろう」と仲間を集めたこともあったが、異なる熱量の人たちを上手くまとめられず、計画はすぐに頓挫。また、『Olive』に代わって『ku:nel』が創刊されたことで、自分が作らずとも理想の媒体ができてしまった。そこから色々と考えた末に、雑貨屋さんになることを決意。

「フランスに行った時、私は知らないところに飛び込んで人とコミュニケーションするのが好きなんだと実感しました。あと、何よりも雑貨が好き。だったら、旅をしながら雑貨を買いつけて自分のお店で売るのはどうだろう、というアイデアに行きつきました。」

ウェブショップから「rytas」を始めて、その4年後には現店舗をオープン。今年の5月には10周年を迎えた。お店に並ぶのは、繊細でどこか懐かしい雰囲気のある雑貨たち。買い付けの旅では、3週間で8カ国を回ることもあるという。

「まだ見ぬ素晴らしいものを探しにいく楽しみは、何にも代えがたい。私は、『昔の時間はもう取り戻せないかも』とちょっと悲しい気分になるものが好きで、つい手にとってしまいます。膨大な数がある中で、連れて帰りたいものだけはパッと光って見えるんですよね。」

旅で撮影した写真をカレンダーに。2月のカレンダーにはアイスランドの羊が選ばれた。

旅の記憶を共有できればと、フィルムで撮影した写真を商品のラッピングに使用し、お客さんに渡しているという。

取材時には、『noir et Ivoire』と名づけられた企画展が開催。フランス語で記された展示タイトルの通り、黒とアイボリーを基調としたアンティークが集められている。

置かれている商品たちは、渋谷さんが旅をしながら大切に連れてきた「いつかの、誰かの、たからもの」。ぜひ直接手にとって、そこに眠る古い記憶を辿ってみてほしい。