大宮駅東口を出て大通りを7〜8分歩いたところをクイッと左へ曲がると、「LP、CD買取!グリグリ」と書かれた看板を発見。中へ入ると、シンプルながら気持ちの良い音響でギターインストの曲が流れていた。レコード棚は綺麗に整理され、全ての盤にアーティスト名などの情報が書かれたお手製の帯がついている。店内を見渡してみると、ちょうど学生と思わしき若い男性2人がオーナーの座るレジへレコードを持っていくところが目に入る。ちらっと盗み見ると、それはアース・ウィンド・アンド・ファイアーのLPだった。

ここにはふだんどんなお客さんが来るのだろうか。そして、日々どんな会話が交わされるのだろうか。2人が帰った後、オーナーに話を聞いてみた。

「今から4〜5年前、東南アジアを中心に山下達郎ブームが起きてからは、海外からわざわざレコードを買いに来るお客さんもいます。また、ハードロックの分野では日本盤のほうが状態の良いものが残っているから、それも海外のお客さんに人気ですね。今はストリーミングの時代なので自分が好きなものをめがけて来店される方が多いんですが、ときどき『週末にDJをやるから、何か良い感じのを選んでもらえませんか?』と頼んでくる若いお客さんもいますよ。そんな時は押し付けがましくない程度に、いくつか選択肢を提示してみることにしています。誰だって最初はベタなレコードを選ぶ。そこからディープなところに掘り進めるための手助けができればいいなと。」

1993年にスタートした「レコード屋グリグリ」は、今年で26年目を迎える。温故知新の精神で様々な音楽に触れてほしいとの思いから、ジャンルは絞らず、中古だけではなく新譜も取り扱っている。

「僕にとって音楽に初めて触れたきっかけは、サザエさんの合間に流れていた『レット・イット・ビー』(ビートルズのドキュメンタリー映画)のCMでした。あと、日曜日の昼間に流れていたディズニーのアニメとか。日常に音楽が入り込んで来る環境だったので、『これを聴きなさい』と押し付けられる感覚はなかったんですよね。今は情報を受け取るだけでも大変で、Spotifyを開けば自動的に“レコメンド”があがってくるような状況だけど、ここではアクシデントのような出会いを生み出せたら。」

またオーナーは、このお店を始めてアメリカへ買い付けに行くようになってから、向こうのDJたちが安いレコードの中から何とか使えそうな音源を見つけてフロアで繋ぎ、新たなカルチャーを生み出していく瞬間を何度も目にしてきたそうだ。未知の素晴らしい音楽との出会いは、いつも事故のような形でもたらされる。その感覚は、このお店のヴァイブスとしてしっかり息づいていた。

さて、ここでオススメのレコードについても聞いてみよう。テーマは「春」。1枚目は、タイトルからして清涼感あふれるジョージ・ベンソンの『Breezin’』。

60年代後半から活動するアメリカのジャズギタリストによる76年の作品。AORの名作を多数手がけてきたトミー・リピューマが本作のプロデュースを務めた。

2009年にロックの殿堂入りを果たしたシンガーソングライターのボビー・ウーマックが作曲を担当した1曲目の「Breezin’」が店内に流れた瞬間、広大な草原にレモン色の陽が差し込んでくる光景が頭に浮かんだ。超がつく手練れたちが演奏しているのでアンサンブルが素晴らしいのは言わずもがなだが、音色ひとつひとつの質感が感動的なまでにジューシーだ。

次に、2枚目はニッキー・ホプキンスの『夢見る人』。キンクスやザ・フー、そしてローリング・ストーンズらの作品に参加した名うてのセッションミュージシャンによるソロアルバムである。

ジャケットをよく見ると、鍵盤が指になっているかわりに、ニッキーの指が鍵盤になっている。

今回かけてくれたのは、彼の高い鍵盤テクニックが全面に出ている2曲目「Wait for the band」。楽器演奏は軽快なタッチではあるが、メロディにはイギリス人らしい哀愁が染み渡っている。

最後は、日本の名盤より。オーナーがおもむろに棚から抜き出してきたのは、本人のポートレートが写った南沙織のベスト盤だった。

1978年当時、この曲は資生堂のCMに採用された。作曲、作詞ともにシンガーソングライターの尾崎亜美が手がけている。

まさに、日本の懐かしき清涼感。慎み深く、同時に力強い歌声が店内に響き渡る。音楽をじっくり聴くという体験を、このお店で改めて思い出したような気がする。

最近、いつのまにかAIが選んだ「どうやら自分にぴったりらしい」音楽を受け入れている自分に気づいて愕然とすることがある。ただ、一言で「ディグる」といっても、指針みたいなものがなければどこを掘って良いやらわからない。「レコード屋グリグリ」にはアングラにも商業主義にも振り切れない風通しの良さがあるし、J-Waveのラジオでチャートもしっかりチェックしているオーナーは、最新の気分と何となく連動したサウンドを勧めてくれる。音楽好きは、自分が音楽好きであることを確かめるために、ぜひ一度足を運んでもらいたい。