埼京線の車窓には、様々なものが映り込む。窓いっぱいの空は時間ごとに表情を変え、全ての乗客の日常を彩る背景となる。なみなみと続く住宅街が、一瞬にして青色と化すのは荒川を渡りはじめる瞬間だ。ぼうっとしていたからか荒川のせいで視界がひらけた途端、同時に顔を上げたふたり。それが向かい合わせの座席だったから、ふいに見つめ合うことになってしまった、というシーンを目撃したことがある。お互いに恥ずかしげで、物語の始まりだしそうな、いい瞬間だった。
車内にいる乗客の目に入るものといえば、スマホの画面、文庫本、中吊り広告、車窓からの風景といったところか。逆に「車窓から見えないもの」はなんだろう。そのひとつが「都市施設帯」である。
だがこれら都市施設帯は、駅前を中心に沿線が都市化していく流れの中でふしぎとぽっかりあいた空間なのだ。それはさながら、町の中のエアポケットといった印象を持つ場所だ。
沿線地域の環境保全のために設けられたというこの都市施設帯だが、実際に歩いてみるとどんな印象を受けるだろう。そんなことを思いながらまず降り立ったのは、戸田公園駅。ここから一度南下してから、北戸田近辺までひたすら高架沿いに歩いていく。
最初に目に留まったのは遊歩道だった。駅前の広場から南北に延びており、高架線と平行し縦に長い形で続いている。これらも都市施設帯の一部だという。季節柄満開となっている梅なども植えられており、特に何があるというわけでもないが、歩くのが楽しい。しばらく南に向かうと、荒川の土手についた。
住宅地の横に伸びたスペース。巨大な柱の迫力に圧倒される。この付近は、中山道と電車の高架が交わるポイントでもある。開けた空とのどかな住宅街、そしての交差する高架と高圧線が、アーバンな雰囲気をおりなす。
都市施設帯はこれからどのように利活用されるべきなのだろうか。何か参照できる事例はないか、寺井にたずねてみる。
「まず1番重要なのは、いきなりイベントを企画したりするのではなく、場所をつくるプロセスの段階から、地域のプレイヤーや住民の方と一緒に動いていくことだと思ってます。その上で手法の話をすると、近年”タクティカルアーバニズム”という考え方が話題になっているんですよ」
タクティカルアーバニズムとは「戦術的都市計画」とも訳される、都市開発の手法のひとつ。大きな予算規模をベースにするのではなく、ローコストで行われる地域住民主導型のまちづくりのことだ。小規模だが継続してアクションを続けていくことで、都市を改善していく。海外では公園に誰でも演奏可能なピアノを置いたり、コインパーキングを借りてテラスのように使うといった実例がある。
「手軽に誰でも」と聞くと、自然とアイディアが出てくるものだ。先程までただの空き地にしか見えなかった空間に、ベンチやテーブルがある様子が浮かんでくる。しかし候補となる場所は他にもある。一路北を目指すことにした。
遊歩道と小型の緑地が、線路に沿って設けられているのがわかる。そのあいまには、保育所が並ぶ。子育てのしやすい町であることがうかがえる。
単純に見えて複雑なランドスケープに目を奪われている間に、戸田公園駅の北側に到着。このあたりには飛び地的に未使用地が存在しており、何らかの形でエリアを分けての活用方法も考えられそうだ。
広い並木道が整備された緑道を進むと、名物スポットである五差路周辺に出る。文字通り5つの道が交わる交差点で、そのそばにあるケーキショップ・シャトレーゼ上戸田店が、実は都市施設帯の利活用事例の第一号。「先輩」の姿を見届けながら歩いて、戸田駅を過ぎた。
戸田市のランドマークのひとつでもある、戸田スポーツセンターのそばのそこは、今回1番広大なエリアだった。こんもりとした姿がかわいらしい樹木と木陰、小さな用水路、なだらかな傾斜など地形としてもバリエーションにあふれていた。
帰り道、どんな場所をつくれるか話していたところ、寺井から全米で2000以上の公園づくりを行った団体の話を聞いた。
「KaBOOM!というそのNPOの手法は、独特でおもしろいんです。数ヶ月ほどのプログラムで彼らは公園をつくるのだけど、その時間の大半がリサーチや事前準備。実際の公園づくりの作業はなんと1日だけで、地域住民と一緒にいっせいに作業して完成させてしまうんです」
米国大手のホームセンターであるホーム・デポをスポンサーにつけ、デザインテンプレートや書類のフォーマットをWeb上にアップするなど新しい手法で公園づくりを進めるKaBOOM!。だが地域に根ざしたプロジェクトであることが何よりも重要であり、それが彼らの成果をつくりあげたという。
「都市施設帯を公園にするのもいいし、スケートができる箇所を設けてもいい。バーベキューの楽しめるイベントを企画してもいい。ただそれはやっぱり地域の方たちとつくりあげていきたいですよね。最初は小さくはじめればいい。それこそ草刈りを一緒にやって、これからこの場所をおもしろくしていきましょうよ、と。そうやってはじめればいいんだろうなと思います」
北戸田駅に到着すると、駅前に車止めを巧みに使ってつくられた暫定的なラウンダバウトが目に入った。このあたりもどんどんこれから表情を変えていくのだろう。そこに住む人の需要と思いにあわせ、町は形を変えられる。住んでいる人たちで小さく、少しずつ変えていけるということ。そんな気持ちが自然と動きはじめた。