知らない町の酒場で、地元の人たちにまざって軽く酔っ払ったりするのは楽しいものだ。おすすめなんかを聞いたりして一杯と一皿を手元に、カウンターからざわめきに耳をひそめることのおもしろさ。でもそれは自分の生活と切り離された儚いもので、帰路、冷めていく酔いとともに泡のようになってプラットホームに消えていく。今日は町の記憶を自分の暮らしにつなげたい。大宮を持ち帰る。そう思って区役所通りを北上したところに、おでん種を売る「増田屋」がある。


様々なおでん種は、そこに含まれた素材の数だけ鍋の中に旨みを溶かし込んでくれるから、選ぶ段階が重要。そこからもう、おでんははじまっている。シュウマイをつつんだの、紅しょうが天、利休という名のさつま揚げ。これには、ごぼうにんじんたまねぎが入っている。話を聞くと昭和27年からやっているとのこと。
「シンデレラに憧れてたんだけど、お嫁にきたのは昔から知っていたおでん種屋さんだったのよ」
そんなお釣りのやりとりの間に交わされたごくごく個人的なストーリー。


一度駅方面に戻ると、あまりにインパクトの強いスポーツ店の看板にびっくりする。圧倒的巨大な野球感。今度は北東部を攻める。このあたりにはにおいの強い店が多そうだ。街路に向かって天ぷらを売る雰囲気のよい店のショウケースには、すでに天ぷらが並んでおらずほぞを噛む。70代ほどの山高帽をかぶった男性がカウンターに肘をつき、お店の人と話している。そういう憩い。高架化する道路の下に、居酒屋とカレーをうたう気になる店がある。居酒屋とカレーに対する情報がちょうど1:1くらいで、そのバランスに思いを馳せる。どんなメニューが並ぶのか。

うさぎのイラストが印象的な個人経営の薬局にある「男性更年期対策」の文字に目を奪われながら、足を進めたり戻したりすると、町場の空気が溜まるエアポケットのような空間を見つけた。喫茶店のようなスペースで「食べもの持ち込みOK」「貸席」とプラスチックの看板に書かれていた。ちょうどいい、ここで先程のパンを食べてしまおうか。そう思って入りかけるも、すでに閉店とのこと。パンはやはり明日の朝にしよう。大宮を持ち帰ることに、失敗しなくてすんだ。

高架につなげられた歩行者用の階段を上がったら、視界がさっとひらけた。むこう側は線路と駅で、そこにちょうど夕日が沈んでいくところだった。手前から線路、ホーム、駅、夕焼けで、そのレイヤーの中でオレンジ色の光線に打たれた、ここから帰る人と、ここに帰ってきた人。その立体交差が駅と町をひとつづきにつないだ。


今日の大宮サンセットは、こんな具合。夕焼けは持ち帰れないから、明日はまたどんな日暮れが町を包むか。

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