今年で創業61年目を迎える老舗の銭湯「鹿島湯」。瓦屋根から延びる煙突が、かつての日本に広がっていた原風景を感じさせる。もちろん、見た目だけではない。水は地下から汲み上げた井戸水を使用し、薪で湯を沸かす。これぞ銭湯!といったビジュアルをたたえる浴場の天井は約12mもある。これは、建物が木造のためにお湯からの距離を離して湿気を逃がす必要があるからだそうだ。
5年前に店主となった三代目・坂下三浩さんは、もともとは議員秘書。東北の大震災の際にボランティアとして現地に派遣され、遺体確認を手伝った経験が、自身の価値観を大きく揺さぶったという。
「今までにも災害が起きた地域には出向いて様々なお手伝いをしてきましたが、これほど衝撃的な体験はありませんでした。同時に、自治会を中心とした地域の結びつきに感銘を受けたんです。その地に暮らす人たち同士が顔を知っているから、僕達が想定したよりも遥かに多くの方のご遺体の確認を取ることができた。本当の『結びつき』というのはこういうことなんだって」
地域のため、街に暮らす一人ひとりのために、できる限り貢献したい。これが、坂下さんのライフテーマとも言える。「その一つの方法として政治に携わっていましたが、私が思うような組織ではなく、むしろ失望することのほうが多かった。そんな中でボランティアを経験したことで、今度はもっと直接的に、目に見えて触れ合える範囲から関わっていきたいと思うようになったんです」。
この想いを実現するべく、例えば銭湯がオープンする15時までの時間は、誰でも使える場所として開放したり、お茶を飲んで語り風呂に入る「お風呂カフェ」なるイベントも開催している。また、湯上がりの軽食スペースで近所の飲食店の出前を取ることもできる。近年の銭湯ブームも追い風となり、若いお客さんや、メディアへの露出も増えてきたそうだ。坂下さん自身、着実に結果が出てきていることを実感しているという。「本当にありがたい仕事だと思いますよ」。
銭湯という、生活に密接に紐付いた場所から、地域のコミュニティ形成に関わっていく。坂下さんの試みは、まだ始まったばかりだ。