伝統を継ぎ 新たな酒づくりへ

 

さらに奥へ進むと、酒が貯蔵してあるタンクがいくつも並んでいた。濾過をしたり、割水と呼ばれるアルコール調整を行いながら、酒はいったんここで寝かされる。

作った酒はタンクに貯めておく。空のタンクにノラ猫が入り込んでしまったこともあるという。

柄の部分に書かれた数字で、酒の貯蔵量をはかる。

「埼玉で採れた米を使うことが多いですが、銘柄によっては違う土地の米を使うこともあります。米によってその年ごとに味が変わることもあるので、なるべく同じ味になるように、仕込みながら調整するんです」

埼玉県内の酒造で作られる酒は、それぞれ違う銘柄で、それぞれ味は異なる。ただ、使う水や気候の影響もあるのか、全体的にスッキリとした口当たりの酒が多いようだ。

一通り蔵のなかを見せてもらい、外のタンクから、酒づくりに使っているという井戸水も飲ませてもらった。適度に冷たく、口当たりのよいまろやかな味わい。見上げると母屋の屋根瓦には家紋のような刻印が掘られていて、思わず歴史を感じる。あちこちに貼られた御札も、おそらく昔から伝わっている風習なんだろうなと思わせる。そんな歴史を持つ酒造が、埼玉の都市部からそう離れていない場所にあることに驚くが、英行さんは飄々としている。

奥秩父にある三峯神社の、御眷属拝借と呼ばれる札。新しいものを上から貼り付けている。

鬼瓦のあしらいにも風格が漂う。

「まあ、このあたりはもともと田舎ですからね。今はマンションが建ったりして、住宅地でもありますけどね。でも昔はただ田んぼがあっただけなんです。駅ができて、次第に人が増えてきたんですよ」

まもなく250年にもなろうかという酒造の道のり。おそらくこの後、英行さんが家業を継ぐことになる。これからのあり方について、英行さんはこう考える。

「厳しい部分もあると思います。お酒を呑む人が減っていますよね。まだまだ好きな方はいらっしゃいますけど、昔のように豪快に、一升瓶を買って呑む人は少なくなった。加減がわかるようになったというか。僕だけでなく酒造全体の意識として、このままだと難しいなという感覚はあると思います。いろんな取り組みを始めているようですし」

基本的には卸販売だが、母屋での販売も行っている。

飼い犬のはな。とてもおとなしい。

生き残りをかけ、蔵元でも様々な取り組みを行っている。内木酒造でも、埼玉大学のブランド酒〈鳳翔閣〉の酒づくりや、ブランド用に日本酒だけを提供するOEMのような取り組みも実施しているという。ただ、そもそも酒は神聖な飲み物でもあり、祝い事や祭りなどの場面には不可欠だ。大量に呑む人は減っても、地域や製法の違う銘柄を愛で、一杯一杯を楽しむ人は多い。人々の生活から酒はなくならない。

「そうですね。長く続けていけたらなと思います」

241年にわたる伝統を背負い、次の世代がどんな日本酒をつくるのか。今から楽しみでならない。

 

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