「アン・コトン」は、関東と新潟で46店舗を展開する “洋服のお直しサービス”を請け負う会社だ。様々な衣類が店舗に持ち込まれ、店ごとの担当者が直しを行っている。そこで直しきれない複雑なアイテムは、戸田にある「ピカソ工房」と呼ばれる工房に送られる。戸田駅から徒歩10分ほどの距離にある工房の中では、各店舗から届く洋服を熟練の専門スタッフが加工していた。

その工房のひとつの区画で、スパンコールをひたすら取っている男性がいた。橋本幸紀さん。彼は着物から洋服へのリメイクを行うほか、「マダムM」というサービスを担当している。「アン・コトン」が展開するLGBT向けのお直しサービスだ。

「以前から、お客さまのなかに『自分のものではなくて兄のものなんですけど』とか『妻の服なんです』のようにおっしゃる方がチラホラいらっしゃるなと思っていたんです。それで、もしかするとそういったご要望が一定の数あるのかもしれないと思って、ネットで受け入れる窓口を作ってみては、という話になりました」

橋本幸紀さん。「きものリメイク」の担当も兼任している。

LGBTの方々のために何かをしよう、というのが起点ではなく、「困っている人がいるなら、会社として何か貢献できるのではないか」という思いで始まった企画だった。専用の窓口があれば、お客さまが偽りのストーリーを作ることなく、すんなりとお直しができるんじゃないか……。そんな社員の思いに社長も賛同し、2016年9月にオンラインサービスとして「マダムM」がスタート。架空のマダムがいて、相談に乗ってくれるという設定だ。

オープンにあわせて作成したチラシ類。

実はフライヤーに写っているのは女装した橋本さん。アン・コトンとコラボしている作家に帽子を作ってもらったという。

「『男性だから』『女性だから』ではなく、それぞれの方が望むスタイルになるようにお直ししています。なので、安心して自分のお洋服だとお話ししていただきたいですね。その上で、じっくりご相談に乗っていきたいと思っています」

同年5月、サービス開始に先駆けて日本最大級のLGBTの祭典「東京レインボープライド」に出展し、お直し体験イベントを行った。また、その後も3ヶ月限定で新宿2丁目にあるバーを借り「洋服のお直しができるバー」を週イチで開催。LGBTの方たちとふれあいながら周知を行っていったという。サイトをオープンしてから、緩やかに顧客は増えている。

「LGBTという言葉におさまらない、多様性があることも知っています。でも誰かと話す時に、あなたの体は男性でどういう人が好きで……なんて聞きませんよね。専用窓口があるとはいえ、オーダーのやり取りは通常のものとそこまで変わりません」

連絡はメールが基本。依頼主自身が採寸するため、やり取りの難しさはあるという。それでも橋本さんは丁寧なやり取りを心がけている。正確に直すために、直し後のイメージイラストを描いて送ることもあるそう。また、マダムMのサイト内で採寸の仕方を丁寧に解説するなど、ユーザーにとって優しいサービスになるよう心がけている。

取材時にちょうど手元にあったドレスは「腕を動かすと脇部分のスパンコールが痛いのでなんとかしたい」という要望で持ち込まれたものだ。スパンコールを一つひとつ丁寧に外し、外した部分がデザインになるよう仕上げる予定だという。

今後は自分の洋服作りにも力を注ぎたいという橋本さん。近いうちに、奥さまとふたりでオリジナルの洋服制作に取りかかる予定だという

「そもそも『服を直す』ということに思い至ってない人が多いんですよね。僕もこの会社に入ってから様々なお直しの仕方を知ったことで、一見着れそうにない服でも『ここを直せば着られる』と発想できるようになりました。服の選択肢が広がったんです」

依頼で多いのは丈詰めだが、それは「お直し=丈を詰める」と想定しやすいからでは、と橋本さんは言う。腕がきつければアームホールのサイズを変更したり、ファスナーをレースアップに変えたりと、お直しの方法は様々だ。さらに気に入ったTシャツを複数枚持参し、はぎ合わせて1枚にするようなカスタマイズをしたいと依頼する上級者までいるという。

メジャーがなくて寸法が測れない、という方のために作ったオリジナルメジャー。オーダーの際に希望すれば無料で送っているという。

実は橋本さんは精神科医として病院で働いたあと文化服装学院に入学し、二度目の新卒で「アン・コトン」に入ったという、一風変わった経歴を持つ。イチから洋服を作る仕事がしたかったが、「アン・コトン」が“第三の服”という、既製品でもオーダーメイドでもない「リメイク服」に力を入れていると聞き、面白そうだなと就職を決めた。そんな橋本さん、実は今でも精神科医として週1日ほどの勤務を続けているというから驚きだ。

「今日も当直明けなんですよ」

そう笑う橋本さんに、取締役の花輪愛二さんは大きな信頼を寄せる。だからこそ「マダムM」の担当を任せたのだ。副業に対しても門戸を広く開ける「アン・コトン」。「マダムM」の発足がすんなりと動いたのも、そんな寛容な社風によるところが大きいのだろう。

スタッフと打ち合わせする花輪さん(写真左)。

「本当は”LGBT専門”なんて言わなくても、誰でも普通に窓口に持ってきてくれるのがいちばんなんです。でも、まずは知ってもらうところから。洋服のことで迷ったら、気軽に合わせてみてほしいですね」