戸田公園駅から10分ほど歩くと、中山道沿いに「生姜専門店」という聞きなれない響きのお店を発見。「◯◯専門店」自体は数あれど、この場所で生姜となると、レア度はかなり高い。
ガラガラと戸をあけて中に入ってみると、カウンターに生姜シロップや生姜チップスが並んでおり、中では自家製のジンジャーエールを飲むことができるという。さっそくオーダーしてみることに。

ジンジャーエールの元になるシロップ(ビートグラニュー糖:1,580円)。お店のホームページでは動画で丁寧に作り方が解説されている。

自家製ジンジャーエールRサイズ(400円)
これは予想以上に生姜! 生姜のドリンクは香辛料の風味が強い類が多いが、ここのジンジャーエールは正にその名前どおりの味で、初めて王道をちゃんと味わったような気がした。余計にこのお店の成り立ちが気になる。カウンターの奥に立っていたオーナーの古谷公史郎さんに話を聞いてみた。
地元の熊本で中学、高校とバレーボールに打ち込んでいた古谷さんは、大学でもバレーを続けようと熊本大学教育学部の生涯スポーツ福祉課程へ進学。しかし、部活は思ったよりもスポ根体質で、システマティックで効率の良い練習を求めていた古谷さんは、1年でドロップアウト。そこから、せっかくこの学部に入ったのだからと、ボランティアや社会福祉について考えるように。思いは募り、やがて福祉先進国と言われるスウェーデンへの留学を決意する。
「1年間みっちりアルバイトをして留学費用を貯めました。実際にスウェーデンへ行って暮らしてみると、福祉先進国の現実が色々と見えてきて。誰でも無料で大学まで通うことができるからこそ、学生たちの進学意欲が低かったり。それが良いか悪いかはわからないけれど、僕が物足りなく感じたのはたしかで。『経済って何だろう?』『国民の幸せって何だろう?』と、留学を通して福祉をさらに深く考えるきっかけを得ました」
帰国後、友人に「北海道のYOSAKOIソーラン祭りを熊本にもってこよう」と誘われ、社会にインパクトがあることがやりたい、と漠然と思っていた古谷さんは快諾。もともとの気質がやんちゃで、自分たちは何でもできると思いこんでいた。すぐに実行委員会を結成し、地元のTV局や新聞社からスポンサーを募って、第一回目の「火の国SORAKOI祭」開催までこぎつける。
「今もこの祭りは続いていて(名称は『火の国まつり』に変更)、かなり大きな規模になっているんですよ。時々、今の運営者の方に伝説の創始者みたいな扱い方をされて、戸惑っちゃうんですけど(笑)。一回目を開催した後、運営メンバーの数は増え続けたんですが、みんな適当でちゃんとした組織になっていなくて…早々に空中分解してしまったんです」
そこで古谷さんは「今度は外から熊本を変えていこう」と方針転換し、東京の広告代理店に入社。主に広告枠を獲得する仕事を任された。大手企業と関わる機会も多く、周りにチヤホヤされたが、労働量は常軌を逸していた。途中でノイローゼ気味になりながらも、何とか7年間勤続。その後、ビジネスの仕組みを学ぶべく、小規模のコンサル会社に転職。忙しさは相変わらずだったが、発注から請求、回収までを一人で担当したことによって、ビジネスマンとしてのスキルはぐんと上昇した。そして、ついに独立―

この日お店に立っていた女性スタッフさんは、元々「ジンジャーファクトリー」の熱心なファンだったという。
「ある知り合いの女性経営者の方が『女性のニーズを満たすビジネスはこれから発展する』とおっしゃったんです。そこで、女性特有のニーズを探しているところに「生姜」を見つけました。これはもしかしたら男性にはわからない魅力なのかも、と。試しに、周りの女性に『独立して生姜専門店を出す予定なんだ』と話してみたところ、みんなキラキラした目で『絶対いく!』って言ってくれたんです」

あっさりとした甘みのあとに生姜の香りが追いかけてくる生姜プリン(400円)。美味。
手応えを得た古谷さんは、さっそく商品開発にとりかかる。最初につくったのは生姜シロップと生姜チップス。それらを自作したホームページから全国に通販した。広告代理店とコンサル会社で身につけたスキルを総動員してPRに集中したおかげで、ファンは順調についていった。3年前には蕨(わらび)市に実店舗をオープンし、今年に入って戸田に2店舗目を構えた。

無農薬生姜100g(300円)。
ところで、全国の人たちを魅了するこの生姜は、いったいどこで育てられているのだろうか。
「これが最初の話につながってくるんですが、実は熊本産なんですよ。会社を辞めた後に地元をフラフラ歩いているとき、たまたま生姜の農家さんを発見して。その後も比較のために色々と食べ歩いてみたんですが、結局は最初に出会ったそこが一番美味しかった」

「ジンジャーファクトリー」はECサイトの頃から数えて今年で5周年を迎えた。
ここに来ると、生姜のポテンシャルの高さにおどろく。もちろん健康に良いイメージはあるが、まさかこんなにも“美味しい”ものだなんて。ちなみに、現在もっとも人気のある商品は「生姜1キロ」だそう。生姜のムーブメントがこの「ジンジャーファクトリー」を起点に顕在化されつつあるのかもしれない。