戸田公園駅の東口を出て歩くこと約10分、中山道ちかくの通りで「SINGLEMALT」や「WHISKY」などと手で書かれた壁を発見した。その下の看板には「WELCOME BAR BENCH」の文字。「こんな住宅街にバー?」と思い中を覗いてみると、そこには予想外に本格的な空間が広がっていた。

「1、2杯飲んでいこうか」と、すこしの勇気を出して中へ。さっそくバーテンダーの竹内雅彦さんにこのお店の話を聞いてみた。

竹内さんは高校から大学へ進む際に、地元の高知から上京。20歳になった時、アルバイト先の居酒屋の先輩がはじめてバーへ連れていってくれた。今でもはっきりと記憶している、というそのお店が聖蹟桜ヶ丘の「Y’s BAR」だ。カジュアルとクラシックのちょうど中間の雰囲気が好みだった。

「そこに何回か通ううちに、自分もバーテンダーになりたいと思うようになりました。それで、周りが就活をはじめた時に自分は入りたい企業もなかったから、未経験から修行できるバーを探してみたんです」

そこで門を叩いたのが、六本木の老舗バー「ウォッカトニック」。約1年をかけて500種類以上のお酒を頭にたたきこみ、カクテルの作り方を体得した。

「その時の師匠にはかなり影響を受ました。仕事に対する向き合い方、カクテルをつくっている時の姿勢、あとはカチッとした服装も。僕が今ネクタイを立てているのも、実はその人の真似なんです(笑)。ちなみにこのシャツは、僕の弟が地元のテーラーで働いているので、彼にオーダーメイドで作ってもらっています」

街場のバーでは、ベストにシャツとネクタイというスタイルが一般的。日頃からジムで鍛えているという竹内さんの身体に、上質な生地のシャツがよく馴染む。そのスタイルから漂うわずかな緊張感が、カクテルの味をさらに美味しく感じさせる。

「ウォッカトニック」では3年、その後師匠が独立して始めた別のバーで5年働き、30歳の時に独立。六本木で働きだした頃から、「30歳になったら独立しよう」と考えていたのだという。当時、家族の都合で戸田に住居を構えていたので、物件も近くで探していたところ、今の場所が見つかった。

「内装を考える時、まずは『ローカウンターにしたい』という希望を、前の職場からお世話になっていた職人さんに伝えました。自分がお客さんだったら椅子が低いほうが落ち着くので。椅子自体もすべて特注です。また、ローカウンターにすると、カウンターを挟んだ両サイドで段差をつけるためにフロアの床を底上げする必要がある。だから天井もぶち抜いて、圧迫感が出ないように工夫しました」

このお店の主役となっている立派なカウンターも、「街場のバー」という響きとは真逆の高級感を漂わせている。このバーで大切にしていることは何なのか。

「美味しいカクテルと食事、楽しいトーク。その基本がしっかりしているバーであれば、お客さんは『また来ようかな』と思うはず。僕はカクテルひとつとっても、自分のオリジナリティを爆発させるのではなく、スタンダードを極めたいと思うタイプ。前の師匠もそうだったんですよね。会話に関しては、今日は誰とも話したくないっていう人もいるし、スマホいじっているのに本当は話しかけてほしい人もいる。そこらへんは注意深く観察するようにしています」

さて、一通りお話を伺ったところで、今の季節にオススメのカクテル「洋なしのソルティドッグ(1,000円)」を注文。このいかにも丁寧につくられた酸味がかった甘み……やっぱりきちんとしたバーで飲むお酒は違う。グイグイ飲むうちにあっという間に酔いがまわってしまった。

ここはフードメニューも充実していて、ラム肉と豚肉のミンチを混ぜたカレーは特に大評判。うん、これも間違いなくおいしい。シンプルにして気が利いている。

最後にもう一杯、今度はこのお店で一杯目に頼む人が多いという定番の「ジントニック(800円)」を。口全体に幸福な清涼感が広がり、5分もたたないうちにぐいっと飲み干す。

「ジントニックにはバーの個性がよく出る。トニックウォーターかソーダか両方か。あるいはレモンかライムか。あとはジンの種類。僕はゴードンを使っています。それら組み合わせの妙で、飲んだ時の印象が違ってくるんですよね。」

日常でもないし、非日常でもない。そんな風にちょうど気持ちよく酔いたいなら、今日は「BENCH」に寄ってみてはいかが?