北与野駅から荒川方面へ大通りをまっすぐ歩くこと約20分。住宅街とのどかな田んぼが広がるエリアに差し掛かったところで、「三ツ木屋食堂」の暖簾を発見。お昼もだいぶ過ぎてしまったが、まだ営業中の札がかかっている。

さっそく中に入って二代目店主の蓜島謙一さんに話を聞いてみると、そこは半世紀も続く町の人から愛される老舗食堂であった。

「元々は父方のお母さんが下落合でラーメン屋(店名は同じ三ツ木屋食堂。現在も営業中)を営んでいて、父と母ががそこの分店という形で今の場所に出店しました。それが今からちょうど50年前のこと。それまで父は日本料理屋で働いていたんですが、個人で日本料理をやるとなると道具や食器にお金がかかりすぎるので、中華料理屋に転向したんです。僕が継いだのは約30年前。家業を継ぐことに抵抗がある人もいるみたいですが、昔からこの光景を見て育ってきたので、僕にとっては自然な流れでした」

ちなみに「三ツ木屋食堂」という店名は、祖母方姓「蓜島」の由来になっている「二ツ宮」という地域の呼び名と、祖父方姓「三木」が融合して生まれた。

早速ここの名物だというにんにくラーメンをいただく。これは、店主の親族が住む青森県七戸町から直接取り寄せたにんにくをおろしてシンプルな中華そばに乗せたもの。麺をすすった瞬間「にんにくがここにいますよ!」と主張せんばかりの香りがふわっと口の中に広がり、食後は上品な余韻が残る。真夏の食欲増進にうってつけの一杯だ。

オーセンティックな佇まいの「にんにくラーメン」は530円。半チャーハンのセットは780円。

七戸町産のにんにく

「にんにくラーメン目当てに、東京や大宮の方からわざわざ通ってくださる方もいます。何かのタイミングで一度来られて、そこから常連になっていただけるケースが多いんですよね。あとはサンマー麺やちゃんぽんのように、まかない飯から昇格したメニューにも根強いファンがいます」

昼時を外したこの取材時も、先代ご夫婦と2代目の娘さん(10歳)がまかないご飯を召し上がっている最中だった。冷やし中華、ラーメン、定食……それぞれメニューは異なる。娘さんがテレビを見ながら食べているのを先代が注意すると、2代目が「まあ、ゆっくり食べればいいよ」と優しく手を差し伸べていた。個人経営の飲食店が多かった昔の日本であれば、当たり前だったのかもしれない風景に、穏やかな気分にさせられる。

そういえば、ここは昼休みというものがなく、11時から20時までお客さんがいつでも入ることができる。

「昼ごはんを食べ損なった営業さんやタクシーの運転手さんがよく立ち寄ってくれるので、真夏以外は通しで営業しています。ここらへんだと他に入れるところがないみたいで」

確かにお店の周りには、のどかな田園風景と住宅が広がるばかり。そもそもなぜここに出そうと決めたのだろうか? この質問には、当時を知る先代の奥様が答えてくれた。

「当時は近くに淑徳与野高校があった(現在はさいたま新都心に移転)ので、そこの生徒さんが使ってくれることを期待していたんです。だけどある時期から校長先生が変わって、生徒に寄り道禁止が言い渡されてしまった。友達と食べているところにたまたま先生が入ってくると、みんなバーっとうちのお風呂場に隠れていましたよ(笑)。それでだんだん生徒さんも寄りづらくなって。うちは飛び込みでお店を出したので土地の繋がりもなかったし、最初の3年くらいは本当に暇でした」

近隣にかぎり出前も可能。メニュー表や看板は蓜島さん自らイラストレーターを使って作成。

そこから徐々に土地に馴染んでいき、気づけば今年で創業50年。蓜島さんは「毎日価格に見合ったものを出し続けることに集中していたら、あっという間に時が過ぎていた」と話す。

「創業時からお店の姿はまったく変わっていません。料理に関しては、スープや麺などマイナーチェンジを繰り返していますが、だからこそお客さんにとって“変わらない美味しさ”という印象になる。世に言う春木屋理論(東京の「春木屋」というラーメン屋さんは長年の常連から「ここの味はいつも変わらない」と評判だったが、実は季節や時代にあわせて作り方を微調整していた)ですよね。この前も、転勤で10年近く足が遠のいていた常連さんが久しぶりに関東圏に戻ってきた際に、このお店に寄ってくれたことがあって。彼のような人が『変わらないね』と感じてくれたら嬉しいです」

変わらないといえば、タバコのスタンドがあるのも昔のまま。禁煙ブームの昨今ではかなり珍しい光景だ。

「職人さんの中にはまだまだ吸われる方が多いですからね。別にこれが商売になるわけじゃないんですが、いつまでも彼らにとって居心地の良い場所でありたいので、一応切らさないようにしているんです」

「三ツ木屋食堂」にある温かみはわかりすく言葉で表現できるものではない。土地と人と時間が育んできた唯一無二の何か。これを書いていて、またあのにんにくラーメンが食べたくなってきた。