10時開店のオアシスが大宮にはある

 

大宮駅の東口を出ると、ロータリーの向こう側に「いづみや本店」の看板が目に飛び込んでくる。平日は朝10時からオープンしている昭和22年創業の名店は、大宮の人たちにとって至高のオアシスだ。特にこの季節は、午前中に仕事を切り上げて(いや、例え仕事が残っていたとしても)、昼からジョッキの生を飲み干す、これが何よりシンプルな形の幸福というもいうものだろう。

とりあえずここに来たら全員が頼むモツ煮は何と170円!一瞬で出てくるので、繋ぎに頼む人が多いという。後ろに写っているのはきゅうりの一本漬け(280円)

カキ、イカ、あじ、豚とネギのフライが盛られたセット(620円)と生ビール中サイズ(600円)

大衆酒場というと、ノスタルジックな内観や、人情味溢れる定員さんとお客さんのやり取りが魅力に挙げられることが多い。実際に、ここもそういう点で満点を叩き出しているのだが、何より強調したいのは料理のレベル。刺し身も揚げ物もサラダも名物のモツ煮も、何もかもが美味い。「安いわりには……」の域は完全に超越していて、仕込みの丁寧さまでもがきちんと伝わってくる。きゅうりの一本漬けだって、浸かり具合がちょうど良く、一人でうんうん頷きながら食べてしまった。

新鮮な刺身三点盛り(750円)

 

店内は、開店と同時にお客さんで賑わう。ビールとモツ煮だけサクッと頼んで15分くらいで帰る常連、旧友に「今度は2人だけでゴルフ行こうな!な!」と熱く誘い続けるおじちゃん(相方はだいぶ眠そうだった)、17時くらいから早めの飲み会をスタートしたサラリーマン4人組、そして、筆者のようにただ脳を休めようとボケっとビールを飲み続けるお一人様……全員に居場所があるという意味で、ここはまるで理想的な「町」のよう。

現在店長を務める4代目の大沢さんはこう話す。

「僕は、28歳の時にここを継ぐことにしたんですが、その時は酒癖が悪いお客さんが暴れたりしていて、正直お店が荒れていたんです。だけど、僕がそういうお客さんを直接注意するようにして、徐々に改善していきました。今お客さんが騒いじゃった時は、スタッフのおばちゃんたちが僕のかわりに『うるさいよ!』と注意してくれていますね(笑)」

みんなが気兼ねなく過ごせる、公園のような雰囲気

 

スタッフたちはみな生き生きとしている。お客さんも、料理を持ってきてくれたおばちゃんに対して、かなりの割合で「ありがとう」「どうも」と返す。そんなのは当たり前のやり取りじゃないか、と思われるかもしれないが、そんな「当たり前の光景」が残っているという点で、ここはすごく貴重な存在だ。

また、「いづみや」には接客方針というものが存在せず、大沢さんからはスタッフに「とにかく自然体で楽しんでほしい」と伝えているという。中には健康のために働いている人もいるということで、何とも牧歌的である。

2年前にこのお店に入ったというスタッフさんいわく、長細いテーブルの両サイドに椅子が並ぶ店内では、向き合ったお客さん同士で仲良くなるというのも日常茶飯事らしい。あらゆる面で「オープン」なこのお店は、ポジティブなオーラに満ちあふれていた。

最後に、「このお店で昔から変わらないところはどこですか?」と大沢さんに尋ねてみた。

「スタッフの接客は昔から変わらないみたいですね。あくまでお客さんと平等な立ち位置で、叱る時はちゃんと叱る。だからこそ、全員が気兼ねなく過ごせる空間になっているんだと思います。それと特に昼間は、仕事を引退された方々の語らう場所になっているのですが、その公園みたいな雰囲気も僕が子供の頃から変わっていません。そんな理想的な光景をできるだけ長く残していきたいです」

「いづみや本店」、間違いなくわざわざ通う価値のある名店である。