角打ちのイメージにない隠れ家的空間、ジャズとつまみ

 

初夏の夕暮れ時。帰宅するサラリーマンや、買い物に出かけた主婦などで大賑わいの大宮駅を抜け、西口に出る。近年、酒屋が店の一角で簡単なつまみでもって酒を飲ませる業態・角打ちが人気だ。今日は、ここ大宮の老舗酒屋が経営する角打ちに向かう。

歩くこと数分。大通り沿いには似つかわしくない、風格をまとった古い日本家屋が見えた。格子窓からこわごわ中を覗いてみると、むき出しになった太い梁と、それを照らす暖色のダウンライトが落ち着いた雰囲気をたたえている。意を決して戸を開き中に入ると、しっとりとしたモダンジャズのフレーズが耳に入ってくる。ここは本当に角打ちなのだろうか……。

時刻は18時過ぎ。すでに常連と思われる何名かの先客が、静かに思いおもいのつまみを頼み、日本酒を楽しんでいた。一枚板のカウンターの前に立ち、ひとまずビールと、いくつか注文することにする。

ビールは白穂乃香(650円)

冷やしトマトのサッパリジュレ(350円)

燻玉ポテトサラダ(450円)

 

リーズナブルな値段を裏切るような本格的な味わいに、驚くというより口角が上がる。少しずつ溶け出すジュレに湯剥きされたトマトをまとわせて、ぱくり。ポテトサラダは、燻製たまごの風味がくちいっぱいに広がる味わい。これを幸せと言わず、なんと言おうか。そんな具合に舌鼓を打っていると、店主の石丸弁二郎さんが隣の酒屋から現れた。

 

酒屋の店主に日本酒を選んでもらうという楽しみ

「酒屋は126年、この角打ちは13年目になります。ここはもともと倉庫として使っていた蔵でね。ただ目の前が大きな通りだから、蔵にしておくのはもったいないとよく言われていて。そこで始めたのがこの角打ちなんです」

そうお店の成り立ちを、身振りとともに語ってくれる石丸さん。母体となる石丸酒店では、石丸さんがおいしいと感じたお酒をセレクトしてきたが、酒の好みはひとそれぞれ。蔵の特徴や味わいを細かく話しても、その魅力が正確には伝わらない。その歯がゆさを長年感じていたという。

「それなら、隣で飲んでみて。そんなふうに言える仕組みをつくったというわけなんですね」

なるほど、確かにこれは合理的だ。酒屋のお客さんが角打ちの客となり、それが相互に入れ替わっていく、という図ができあがる。ここで、追加で頼んだイナダの刺身が登場。せっかくなので、石丸さんに好みをを伝えて日本酒を選んでもらう。

イナダのお刺身(400円)

「辛口がお好き、と。それなら笑酒がいいですよ。九号酵母という熊本の香露という蔵が発見した酵母があるんですが、その蔵に長く修行に出ていた方が、独立してつくった酒。そこの酵母をわけてもらっていて、これが実にいい味なんです。米の旨味を味わいたいなら、こちらの超久。これは2014年の生酒で、熟成された味わいです。どちらも冷やでどうぞ」

いただいたお酒は、どちらもきめ細やかで、キレと鼻に抜ける香りがよい。何よりも目利きである店主から、その特徴を聞いた上で飲むのがなんとも楽しい。

気がつくと店内にお客さんが増えてきた。お店の雰囲気のせいか、若い女性も多い。

「日本酒というのは国酒なんです。フランスならワイン、ドイツならビール。そういった国を代表する国酒というのは、その国内でのアルコール消費量のうち50%ほどを占めているんです。それが日本酒の場合、7%。色んな理由があるけど、これはちょっとさびしいですよね。だから、若い方に来てもらえるのは、とてもありがたいですね」

取材中も、最近入ったという板前さんに的確に指示をしていた石丸さん。老舗の歴史にあぐらをかくことなく、むしろ率先して新しい日本酒との出会いを提案するその姿勢とお店の佇まいからは、温故知新というフレーズが、否応なしに思い出された。