幼少期に食べたフランスパンからはじまった、パンライフ

 

戸田公園駅から北へ歩くこと数分。平和なムードがただよう住宅街を抜けていくと、東町公園のそばに濃紺のシェードと白壁、木製の窓枠がかわいらしく調和したパン屋がある。

一歩中に足を踏み入れてみて驚いた。そのこじんまりとした見た目からは想像もできないほど、多彩なバリエーションのパンが所狭しとカウンターに並べられていたのだ。小麦のいい香りが店内にただよい、思わずおいしそうなパンたちに目移りしてしまう。

「幼少期に食べさせてもらったフランスパンの味に衝撃を受けたのが、お店をはじめるきっかけになりました。地域の方たちにも支えてもらって、今年の8月でお店をひらいて4年になりますね」

そう語るのは、竹内翼さん。親が飲食店を経営していたことも影響してか、幼い頃からパン好きに。高校を卒業した後は、ホテルとベーカリーショップでパン作りを学び、現在の場所に奥さまの亜紀さんとお店をひらいた。しかし、駅からも少し距離のあるこの場所をなぜ選んだのだろう?

「実家が赤羽なので、その延長上でイメージしやすかったのもありますね。あと戸田は、自分たちと年齢の近い子育て世代が多く住む町。ハード系のパンを売りにしているので、若い方に支持してもらえるかなと思ったんです」

朝市など、催事も多い戸田市。市役所付近には新しい店舗も増えており「お店を出してからの4年の間にも、少しずつ人が増えてきた気がします」と語る竹内さんの言葉にも納得だ。

 

地域に愛され、信頼される手仕事

「Panya no..takesan!」の朝は早い。開店は午前10時だが、仕込みは午前4時から始まる。一番人気の あんバターなどの惣菜パンをはじめ、食パン、カンパーニュ、フランスパンなど多種多様なパンを揃えるには、時間がかかる。

それだけではない。竹内さんが特にこだわっているのが、熟成時間だ。

「小麦の味を大切にしたくて、うちではイースト菌の割合を減らしているんです。そのためには、発酵に時間をかけなくてはいけない。フランスパンでは、熟成に16時間かけています」

冷蔵ケースに並ぶサンドウィッチは、亜紀さんの担当だ

「とてもおいしいから、もっと人気が出てほしいんです(笑)」と竹内さんが語る「みるくりーむ」

効率性を求めるのなら、イースト菌を減らさず短時間の発酵ですませるのがよいが、その分旨みまで分解が進んでしまう。小麦本来のおいしさを引き出すには、この熟成時間こそが重要なのだ。「本当にこの一手間が味を変えてくれるんですよ」という竹内さんの言葉を裏付けるように、取材時にも数組の常連客が、翌朝食べるための定番のパンを買いにやってきていた。

そのほかにも、近くのカフェ「mameshiba」ではトーストとして食パンを、以前にも取材にうかがった「Hey Coffee」では、カンパーニュなどを取り扱っている。こだわりから生まれたパンへの信頼性は、ファン以外にも広がっているのだ。

「埼玉県産の食材も使ってみたいんですよね」と語ってくれた竹内さんと別れ、帰り際に買ったあんバターを、近くの東町公園で広げた。うかがった話を思い返しながらほおばると、口いっぱいに小麦の旨みが染み渡り、バターの塩辛さとあんの甘味がほどけていく。至福だ。気がつけば、自宅に持ち帰るためのぶんにまで、手をつけてしまっていた。