転機は、父が買ってきた埼玉のブルーベリー

 

元アヒルストアのスタッフが、大宮に埼玉県産の食材を使ったお店を出すという噂を聞きつけた。アヒルストアといえば、都内有数のグルメタウンとして知られる代々木八幡にあるビストロの旗手。

舌の肥えた客で連日埋まる人気店のスタッフが大宮にと言われれば、否が応でも気になってしまうもの。さっそくコンタクトをとった。

駅前の喧騒から離れ、落ち着いた雰囲気をたたえる氷川神社の参道。そのすぐ裏手に、その店はあった。名前は「デリカ」。2階建ての民家の1階に用意された席は8名ほど。むき出しになった梁に、純白に塗られたシンプルな壁がよく合っている。

疲れでいっぱいの仕事帰りに見かけたら、思わず吸い込まれそうな佇まいだ。

「探し続けて3年くらいでこの物件に出会ったんです。ほとんどノイローゼ気味になりながら、ようやく見つけました(笑)。どうしても大宮に出したかったんですよ」

そう語るオーナーシェフ・山﨑暢さんが「大宮」にこだわったのは、生まれ育った街という理由に加えて、もう一つ大きな動機があるという。話は山崎さんが東京・青山のフレンチで働いていた20代の頃にさかのぼる。

「高校の頃からいつかお店を開きたいとは思っていましたが、具体的に何のお店かまでは決めていなかったんです。青山のフレンチで働いている時も、充足感こそありましたが、果たして自分がやるべきジャンルか? と常に悩んでいました」

そんなある日、大宮の実家で事は起こる。

「父が、朝採れたブルーベリーを買って帰ってきたんです。『ほれ、よく食えよ』と言って渡してきた。それがめちゃくちゃ美味しくって、心の底から感動しました。自分が働いているフレンチで使っているブルーベリーは高いし、そんなに美味しくもない。でもこのブルーベリーは安くて、びっくりするくらい美味かった。目が覚める思いでしたね」


以来、毎週埼玉県内の産地直売所を訪ねて、県内で採れた野菜や果物を探すようになる。農家の人と顔を合わせてコミュニケーションをしながら、地元の食材が持つ多様な豊かさを知り、生まれ変わるような気持ちだった。

またたく間にその魅力の虜となった山﨑さんは、3〜4ヶ月でたしかな手応えを感じる。これは、いける。「自分の店をやるなら、埼玉のものでやるのが絶対に面白い」。

26歳の時だった。

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