朝ごはんを食べず、お昼はコンビニのおにぎりでさっと済ませる…。現代で忙しく過ごす人たちに、栄養があって、人間味のあるあたたかい定食を届けたいー。
96年に開店した中浦和駅近くにある定食屋「楽亭」の女将・時安照子さんがこの街で定食屋さんをやる意義は、ずばり「働く人たちを支えたい」という想いだ。


人々の生活に密接なお店であろうと試行錯誤を重ねてきた結果、たどり着いたひとつの答えが、メニューのバリエーションだった。開店以来、毎日食べても飽きないようにと、お客さんの意見を取り入れながらメニューを増やし続け、今ではその数なんと160種類超。壁を埋め尽くすたくさんのメニュー札を眺めて、今日は何にしようかと考えるのもまた楽しい。

生姜焼き定食(880円)。どんな時も、照子さんは必ず何か一品サービスをしてくれる。なお、定食を頼んだ場合は無料でコーヒーがつく。

「やっぱり働く人に食べてほしいって気持ちが強いんですよ。だから、毎日行きたいと思うお店じゃないといけない。普通の定食屋って、そこまでメニューがたくさんないから、いつか飽きちゃうでしょ。それが嫌でね、食べたい料理はその場でなんでも作るようにしていたんです。そうすると、いつの間にかこんなにたくさんのメニューができていたの」

働く人向けに、とはいうものの、楽亭のファンは高校生からOL、赤ちゃん連れの家族、サラリーマン、年配のお客さんまで、かなり幅広い。しかも本当に毎日来るお客さんが多いんだという。実際に、我々の取材中にも次々と照子さんの顔見知り、お客さんの友達が来店し続けていた。

「あ〜久しぶり!元気にしていた?」「このあとみんなとカラオケだけど、来るでしょ?」

そんな声が飛び交う空間は、従来の「定食屋」というよりも喫茶店やスナックのようにも雰囲気がある。もちろんメニューが豊富で質が伴っていることは料理店としての強みではあるものの、あくまでお店の軸は、照子さんを含めた「人」にあるのだと気付かされた。

いちお客さんから、照子さんと仲良くなり、今や「楽亭の営業部長」という肩書きまで持つ本多さんはこう語る。

「私もずっと照子さんのファンでね。気づいたらお店の取材対応や宣伝のお手伝いするようになってたんだけど(笑)。この人は料理はもちろんだけど、目配り、気配りの力がものすごい。こりゃかなわないな、ってよく思いますよ」

常連からお店の広報的役割を担うようになった本多さん。血糖値が高いのが最近の悩みだが、楽亭通いは止められない。

少しはにかんだ照子さんが、小さな声で「こういうことを言ってくれる人たちがいるから、頑張ろうって思うの」と言ったのが印象的だった。やりがいは何ですか?という質問をしようと思っていたが、その答えが聞けた気がして、質問するのをやめた。

「もうこのお店のお客さんはみんな友達だからね。ここで知り合って仲良くなって、一緒に旅行に行く人たちもいたり。そうやって生きていると、私よりお店のことを考えてくれる人とどんどん知り合うことができた。本当に人に恵まれていると思いますよ」

1人の強い思いに引き寄せられた、気持ちの良い人たちが年齢関係なく集まる場所。これからも、埼京線にとってのホームであり続けてほしい場所。「楽亭」は、そんなふうに思える定食屋だ。