武蔵浦和駅から徒歩10分。住宅地の中に、埼京線沿線では随一の人気を誇るベーグル屋さんがある。フランス語で「人生を楽しむ」という意味をもつ「vivant(ヴィヴァン)」と名付けられたその店には、都内はもちろん、遠方からも車で多くのファンが駆けつける。天然酵母で作られ、1〜2日ほど寝かせた生地は、もっちりとした豊かな弾力が特徴。ほおばった瞬間に幸せな気分にさせてくれる。
ヴィヴァンの作るベーグル、そのもう一つの特徴は、豊富なバリエーションにある。くるみなどのナッツ類やブルーベリーなどの果実系はもちろん、「唐揚げラー油マヨネーズ」や「紅ズワイカニクリーム」といった変わり種まで取り揃え、その数なんと80種類。旬の食材を取り入れるべく、1ヶ月に1度、6種ほどの新作を投入する。それぞれの味にファンがついているため、売れ行きが偏ることはないという。
「どれにするか迷っちゃうでしょう。ふふふ」
笑顔で出迎えてくれた市川寿美子さんと伊藤万美子さんは、実は双子。姉・万美子さんは、今月すぐとなりにオープンしたばかりの姉妹店「ジャルダン・ドゥ・ソレイユ」の担当。こちらは自家製の酵母で作ったハード系のパンの専門店だ。どちらの店にも、お客さんがひっきりなしに訪れている。
趣味が高じ、マンションの一室を借りて2人でパン教室を始めたのが、今から約15年前。「こんなに美味しいのだから、売れば絶対人気が出る」という生徒の声に後押しされ、いくつかのベーグルを販売し始めた。
「“ベーグル”なんて、当時はまだほとんど誰も知らなかったんですよ。そもそもどういう食べ物なのか、どうやって食べるのかを教えることから始めました」(市川さん)
周囲の予想どおり「モチモチして美味しい」と評判が評判を呼び、その波に乗って今度はきちんとしたお店を作ろうと、生まれ育った地である武蔵浦和での開業を決意した。生地はもちろん、練り込むナッツやベリーなども自然由来のものを使用しているが、それはあくまで「シンプルに、美味しい」から。
「美味しいものを追求していくと、やっぱり最後は余計なものが入っていないものになったんです」。
決して大きいとは言えない店舗だが、現在5人のスタッフを抱えている。仕込み始めるのは朝4時。その一方で、店の奥ではパン教室をほとんど毎日のように行っているという。いったいどこからそのパワーが出てくるのだろうか。
「けっこう忙しいけど、やっぱり楽しいから。それに、スタッフのみんなもすごく頑張ってくれるからね。すぐ横に姉妹店を作ったのも、周囲に後押しされたこともあるけど、万美子さんと『おばあちゃんになった時に、あの時もし(店を)やっていたらどうなっていたかな、なんて話すのはつまらないよね。それなら、やっちゃおう』って」
慣れ親しんだお客さんとにこやかに会話するようすは、どう見ても「街のパン屋さん」。しかし、10年も前から天然酵母のベーグルに着目し、その文化をこの地で広めてきた功績は大きい。新店舗ができたことで、そのパワフルなベーグルへの愛情は、これからさらに加速していくことだろう。